オーディオの本質について思うこと
私はあんまりオーディオにお金をかけません。
(かけれないともいう 苦笑)
これを説明するにはオーディオの目的という話になります。
何のためにオーディオがあるのか???
もともとは蓄音機から始まりました。あれは何のためにあったのか・・・
「あの有名なピアニストの演奏が聞ける・・・」
「あの歌手の歌が家でも聞ける・・・」
これだけで、ワクワクしたのでは?!
このワクワクが大切だと思うんです。
ノイズだらけ、音割れもしたし、変なホーン形のスピーカー(?)で、エコーのかかった音・・・
それでも、ピアニストのタッチや、声楽家の表現を楽しんでワクワクできたはずです。
同じ蓄音機で、子供の楽しそうな笑い声を録音しておいて、
後で聞いた親もいたことでしょう。
楽しそうに、「お母さんお母さん!」という声を聞いて、「ダイナミックレンジが・・・」
なんていいませんよね。
いきなり極論でしたが、結論から言うと、オーディオの本質は、
感動できる音を出しているかだと思うんです。言い換えるなら、オーディオの目的が、本質的には”原音再生”ではないということだと思います。
矛盾しているようなことを言いますが、
確かに、理想的には 「感動できる音 = 原音再生」 だと思います。
でも、オーディオの目的を原音再生にしてしまうと、道を誤ることになる気がします。あくまでも、目的は感動できる音では無いでしょうか。
原音再生 は、感動できる音 を鳴らすための、ひとつの方向性であり、手段であると思います。
原音再生は車や家が買えるようなお金をかけてやっと、ある程度満足できるものが手に入ります。
逆に、感動できる音なら、手軽なお金でも本当に満足できるものが手に入ります。
実際に、私のスピーカーは値段で言えば知れています。
でも、音楽を聴くたびに「ハッ」とさせられます。
演奏者が、全神経を集中して微妙なニュアンスで演奏しているのがわかります。
深々と鳴る低音に体が包まれてリラックスさせられます。ベーシストが、音量や音色に気を使っているのがわかります。
澄み切った鈴の音がスピーカーの周りを軽やかに飛び回って、美しさにうっとりします。
原音再生ではありませんが、本当に感動できる音だと思います。
ほとんどお金をかけていませんが、今は、これで凄く満足しています。^^;
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